STA通信129 ここでも政権交代

行った年来た年

サザエさんに双子の名前が、いくとし、くるとしというのがあった。
年末は例によって、第九で終わった。昨年のN響は、クルト・マズアが振った。
彼は、ゲバントハウスを引き連れてきた時名古屋で聞いた。
彼はベルリンの壁崩壊で一躍有名になった。その前にも既に有名ではあったが。
ゲバントハウスは、チャイコフスキーの6番だった。彼の場合は、今回の第九のような曲がいい。
ソ連の崩壊から、ベルリンの壁崩壊まで、まさかと言う出来事だった。
今資本主義の限界が見えてきて、究極の価値観と言うものが見えなくなった。
ぶっ飛んだ議論と言われるかもしれないが、総ての人がそこそこ生きていく為には、仏陀の欲望を切り捨てる生き方しかないのだと思う。
程ほどの競争を認め、程ほどの格差を認めた結果が、今の状況なのだ。
欲望を認めなければ進歩はないとも言われた。進歩とはこれまた曖昧な概念である。
進歩と言うもののために得た果実があるかもしれないが、また失った物も多い。
ベルリンの壁の次に打ち壊す物は?
変な話になってしまった。
2009年は、ドラえもんの後クラシックを聞きながら越した。紅白はもう何年も見ていない。
元日は今年も久と桂そして千と過ごした。
夜は、ウィーンフィルのニューイヤーコンサート。今年はフランス人の名前は忘れたベテランの指揮者だった。一昨年この楽友協会で聞いたウィンナワルツのことが蘇った。やはりその地で聞くワルツは格別だった。
さて今年はどうなるだろう。周りが危機感ばかり煽るが、それには載せられまい。
京都で学生生活を送っていたとき、名古屋の友人から手紙が来た。
大学で哲学をやりたいのに、親に反対されていると言う内容だった。
その中に「人間一人餓死するには、相当時間がかかるものです。」と書かれていた。
結局彼は、教育大に入って先生になった。今彼の飄々とした生き方を思う。

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