タイの少女売春
タイの少女売春 1
ある国際会議でであったイギリス人が、「日本人は、若い女性と交わると不老不死であると信じている。少女売春をする日本人が多いのはそのためだ。」と吹聴していた。当然論争になった。しかし、正面きって反論し切れなかった。なんせ「国内だったら許せないけど、外国だったら浮気も仕方がない。」と有名女優が公然とテレビで発言できる国である。
ただ、何日か限定契約のタイ人の現地妻を従えて歩いているのは、圧倒的に白人であるが。
北タイにメコン川を挟んで、タイ、ビルマそしてラオスが国境を接する、所謂黄金の三角地帯と呼ばれるところがある。麻薬の売買でも有名である。一時は世界のアヘンの70%がその地域で生産されていた。其処から西に数キロ走ると、メイサイという小さな町に至る。メコンの支流メイサイ川に架かる橋を渡って、自由にビルマと行き来できる。ただし、タイ人は10バーツ(約30円)外国人は10ドル払わなければならない。
ビルマの山岳少数民族の村人が、朝早くから何時間もかけて歩いてタイ側にやってくる。
彼等が運んでくる野菜や山菜そしてかごなどのクラフトを売っても、大した収入にはならない。ポリ容器をためつすがめつ、悩みに悩んで買っていくのが彼等のショッピングなのである。
そんな辺境の国境の町にも、日本製のテレビやCDプレイヤーそしてバイクなどが店頭を飾り人々の購買意欲をそそる。しかしビルマの村人にとって、喩え一年の収入をはたいてもそれらを手に入れることは難しい。
経済格差、消費文化、そしてツーリズムこの三つの要素が、ひなびた田舎町を少女売春の供給地にしてしまった。
タイの少女売春 2
タイやビルマは中国文化圏に含まれ、儒教思想に基ずいた年長者を尊ぶという意識が根強く残っている。特に山岳地帯などの閉鎖的な村では、古い道徳意識がそのまま受け継がれている。子供は親の為に犠牲になることが、当然視される。親のために子供が身を売ることは、褒められこそすれ、非難されることはない。
売春エージェントはそうした点に付け込んでくる。かわいい少女を持った親に、これ見よがしにテレビなどの電化製品を荷車に積んで送りつける。それに引き換え何故うちの子はと、近所では子供を売り込む競争が始まる。
エージェントは村を渡り歩いて、幼い頃から可愛い子にはめぼしをつけておくのだという。
村の祭りや、婚礼そして葬儀の場が、エージェントにとって格好の場になる。
子供は20000バーツ(約6万円)ぐらいで売られていく。エージェントは、親の目の前に現金を積み上げて交渉したりする。今まで見たことのない大金を目の前に積まれると、親は欲望に打ち勝つことは難しい。
エージェントは、どうしても欲しい少女の為なら、家を一軒建ててしまうことまでやってのける。欲望を人質に、物でがんじがらめにしてしまうのである。
エージェントは日本のやくざともつながった、タイのマフィアの支配下にある。しかし、チェンライの山のアカの村に泊まった時、なんとお坊さんが少女を誘っている場面に出くわした。タイではお坊さんは特別な存在で、普通の警察では手が出せない。村は上を下えの大騒動になっていた。村長がエージェントとして、少女を海外に送り出していたというケースさえある。
タイの少女売春3
タイは女性が元気な国である。売春エージェントと敢然と闘っている女性がいる。
チャンリエームさんは13歳の時、親に頼んでトリ小屋を改造して、少女達の為の1バーツ学校を開いた。
みんな貧しいから売春に走るのだ。収入の道さえあれば、身体を売る必要はない。それには最低読み書きそして計算ができなければならない。一日1バーツ(3円)で勉強を見るそんな計画が動き出した。彼女の健気なプロジェクトは、周りの感動を呼び、協力する人々も現れた。そして彼女の活動が映画化されて、メイサイの悲しい状況と彼女の闘いがタイ全国に知られるようになった。
私が彼女に出会ったのは、彼女が24歳の時であった。1バーツ学校は職業訓練所としてさらに充実した施設になっていた。彼女の活動は、親に娘を売春に行かせないように説得したり、売春宿に少女を取り戻しに行くという大胆な境界まで広がっていた。
職業訓練所ではおかっぱ頭の少女達が、縫製とアクセサリーの制作などを学んでいた。メイサイでは宝石の研磨が盛んに行われている。彼女は数人の少女と共同生活を送っていた。特にエージェントに狙われやすい、可愛い顔立ちの少女を身近に置いておくのだという。朝早くからみんな食事のしたく掃除とてきぱきと働いていた。
「何故こうした運動をするようになったのですか?」という質問に彼女は「同じ年代の少女が売られていく中で、自分が高等教育を受けているのに罪悪感を感じた。」と答えていた。彼女は夜間中学にしか行ってない。売られていく少女達の想像を絶する劣悪な境遇が、13歳の少女の心に深い悲しみと怒りを植えつけたのである。
タイの少女売春 4
チャンリエームさんに連れられて、少女売春の現場をまわった。日本で言えば○○食堂という感じの小さな店が数軒並んでいて、そのうちの一軒に入った。
店の中は粗末なテーブルと椅子が無造作に並べられていた。一見して其処は食事目的で入るような店ではないと感じた。まだ早かったのか、がらんとして客は一人もいなかった。部屋の片隅に怪しげに地味な暖簾が下がっていた。チャンリエームさんがそれをまくりあげると、窓もない暗い部屋の中に10人ほどの少女がいた。床の敷物に座って私を無視して笑いながら話している少女達は、顔に化粧を施していた。部屋の隅に置いた机で手を支え、漸く立っているという感じの少女達は、出来るだけ私の視界に入らないように顔を背けている。彼女達はまだ店に出て間がないのであろう。緊張と恐怖で頬がひきつっている。おかっぱ頭の彼女達は、どう見ても15歳にはなっていない。いたたまれなかった。
外にでて歩きながら、頬を涙が伝わってどうしようもなかった。恐怖にゆがんだ少女達の顔が、頭から離れなかった。「男の人がみんなお父さん(彼女は私をそう呼んでいた)のようだったらいいのにね。」私の顔を見ながら、チャンリエームさんがしみじみと言った。
メイサイのような田舎町でも「KARAOKE」という看板のカラオケバーが目に付く。
其処も売春のための中継点になるのだという。カラオケで歌いながら、次から次に接待に出てくる少女の品定めをするのだという。日本語、中国語、タイ語そして英語の歌が総てそろっているのだそうだ。そうした国の人々がここを利用するということなのである。
「メイサイの名刹を訪ねて」というツアーを組んだお坊さんの団体があった。メイサイにはわざわざ訪れるような名刹と呼ばれるお寺はない。
タイの少女売春 5
売春エージェントに買われた少女達は、一箇所に集められ集団生活を送る。挑発でもするように、チャンリエームさんのオフィスの間近かに、その目的の為のマンションのようなビルが建てられた。一定期間そこで過ごした少女達は、チェンマイやバンコクの大都市、そしてパタヤやハイヤイなどの観光地の売春組織に売られていく。勿論直接日本に売られていく少女もいる。
昨年7月、13歳のタイの少女を売春目的で働かせていたという容疑で日本人とその妻のタイ人が逮捕された。外国人少女の人身売買で摘発されるのは、全国で初めてだと聞いてのけぞった。もう20年以上前から何千人単位の少女が売られてきているのだ。
一昨年国連の人権委員会が、日本の人身売買で勧告を出した。その対応であったとしか思えない。それにしてもお粗末な対応である。
パタヤの売春宿で火災が発生して、鎖につながれた少女が二人焼け死んだという事件があった。売られていった少女の、余りにも悲しい末路であった。
私の友人の女性弁護士が、二人の両親を探し出し、説得して訴訟に持ち込み漸く勝利したという事件である。
教育も充分に受けていない少女達は、エイズなどの情報は全く知らされていない。知らない間に感染してしまうことが多い。感染した少女は、実家に送り返され自分の身に何が起こっているのか理解しないまま、感染症でやせ衰えなくなっていく。
チャンリエームさんの活動の一つに、文字を読めない村人のために、紙芝居でエイズの実体を教えるプロジェクトもある。
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